自社の「売り物」「売り先」「売り方」を統合し事業基盤を強化する

3.自社の狙うマーケットを定め、仕掛ける

 

 先の章であげた事例のように、中心商店街や卸売市場、どちらも需要が増加する環境下では商売が十分に成り立っていました。しかし、マーケットの成長期が成熟期に達し、さらに減少に転じる衰退期に至っては事業のあり方を変えなければ行き詰まりは必至です。
 では、どのようにして自社の事業を見直していくのか、考え方の基本的な手順は
@現状の自社の事業を徹底的に分析する
A自社の強みを発揮できるマーケットをとらえ直す
Bとらえ直したマーケットで事業が成り立つか検証する
C狙い定めたマーケットに対する仕掛けを考える
 @が最初に行うべきことで、AとBは少しの時間差はありますが、仮説−検証を何度も繰り返して固めていくステップです。そして、Cで想定した顧客に提案したり、実際に使用してもらって反応をみながら修正を行い、事業化を図っていきます。
 ただし、やみくもに進めても全員が共有できる視点が無ければ良い結果は得られにくいです。「売りの3側面」を用いて進めてください。

 

(1)「売りの3側面」による現状評価

 

 はじめに白紙の用紙を下記のように、「売り物」「売り先」「売り方」の一覧表を用意して、現状の自社の状況を書き出してみましょう。

 

売り物 売り先 売り方
・自社の使命
・商材の内容と幅
・商材の強み、競合との優位性 ・具体的な顧客層と将来性
・顧客のニーズ
・想定外の購入者の抽出 ・販売方法
・商材の強みの訴求方法
・顧客へのアプローチ方法

 

 「自社の使命」とは、いわゆる経営理念とは異なります。自社の事業や商材に裏付けられた本質を示すもので、今後の事業展開にも大きく影響してきます。
 前章の卸売市場の場合を紹介します。卸売市場を活性化する方向性として小売事業だけでなく、多くのアイデアが出されました。
 ・とにかく老朽化した施設を整備すれば活性化するのではないか。
 ・周辺の大学を巻き込んで、地元若者のベンチャー・ビジネスの場とできないか。
 ・市場全体で通販事業を展開できないか。 等
しかし、最終的に小売専門店を開業する、という判断の決め手となったのは、「全国の新鮮で安全な食材を地元の消費者に提供する」という市場の使命を果たせるか、ということでした(もちろん、それが儲かる、という裏付けが伴っています)。使命感こそ事業展開の『ブレない軸』です。
 また、使命というブレない軸があると、事業の具体化においても有効性を発揮します。卸売市場が一般消費者に販売する、ということは現在の顧客である小売店や飲食店と競合しないか、また、生鮮食材の仕入れのない日曜日の営業をどうするか、という議論にも、自分たちの使命に基づくことでスムーズに意思決定を行うことができました。

 

 「売り先」については、項目だけ挙げるだけでなく、可能な限り定量的、具体的に表します。また、現状の個々の顧客についての分析は重要ですが、同時に「マーケットとしてとらえる」視点が欠かせません。
自店の商圏(主な顧客の居住地域)は把握していますでしょうか。自店の業種や顧客構成、地域特性によって異なりますが、自店からの距離が近い順から累計していき、全体の8割前後の顧客の居住地域を自店の商圏の目安と考えてください。私も小売店の商圏分析を手がけていますが、実に多くの経営者の方が自店の商圏を広くとらえる傾向があります。たまたま少数のお客様がいるだけで、その地域の方々は自店のことを知って利用してくれると希望的な錯覚に陥ってしまうことが理由です。そのため、実際の商圏範囲を越えてチラシ広告をまいたりするような非効率な場面がみられます。商圏を広げること自体、間違いではありませんが、やるならば地理的特性に合わせて戦略的に取り組むことが重要です。
 顧客の居住地がわからないという場合は、来店客調査を行って収集します。調査の方向は次の章をご参考ください。

 

 一方で「想定外の購入者の抽出」とは、当初想定していた層からの購入を表し、新たな事業展開のヒントになる可能性があります。中高年向けの商材を扱っているにも関わらず、若者層の購入が見られ、それが1件だけでなく何件も続くようであれば、商材に対して我々が見過ごしていた価値が潜んでいる可能性があります。商圏外からの購入者についても、それが特定の地区に固まっているようであれば、立地動線上で自店と結ばれている可能性があります。

 

 「売り方」については、「個別企業に訪問しています」「店舗を構えています」「定期的にチラシを配布している」といった大枠での書き出しだけでなく、それらの活動が「顧客に自社の商材・サービスを結び付ける“仕掛け”として取り組んでいるか」という視点で評価してください。
・自社の強み、特長を顧客に理解納得してもらうために仕掛けているか
・顧客が購入したいと思わせるために仕掛けているか
・再購入、リピート注文を受けるためにどんな継続的なフォローを仕掛けているか

 

 さらに、「売り先」で示した自社の強みや特長(使命感にもとづく)が、「売り先」である顧客のニーズに合っているかを評価することが重要です。マーケティング一般論では顧客ニーズからとらえるように表現されていますが、この段階で顧客ニーズから掴もうとすると、広く浅い把握にとどまってしまいます。既存の買い物アンケート調査の結果をみると、「買い物で重視すること」については大体「品質の良さ」と「価格の安さ」が1位2位になっていますが、これをニーズと見るには具体性に欠けており、自社の事業に活かすデータとは言えません。品質といっても具体的に何を指すのか、価格はどこまで安ければいいのかも、マーケットによって異なります。ただし、どの業種においても「品質と価格」という一見矛盾するテーマを統合できる事業が成功のカギとなることを示唆していることは確かです。
 ポイントは、現状の自社の商材・サービスの強みや特徴を軸に、顧客の購入理由(+非購入理由)とのマッチング状態を確認することです。
以上の評価を社長だけでなく、従業員も一緒に取り組み、不明な点は市場調査を行ったり、「売りの3側面」を意識して改めて顧客の声を聴くことで明らかにしていきます。

 

(2)新たな「売りの3側面」による事業展開

 

 現状の事業を「売りの3側面」で評価することで、自社の強みや課題が見えてきたら、今後に向けた展開も「売りの3側面」を使って考えていきます。
なぜ「売りの3側面」で考えるのか、それは儲かるからです。「売りの3側面」は単なる概念整理ではなく、戦術、戦闘のレベルまで落としこむことができます。マーケティングに関する書籍では4P戦略(製品:Product、価格:Price、流通:Place、販促:Promotion)が多く紹介されていれますが、4Pでは重要な2点が抜け落ちているか、別ステップとして描かれています。
その一つは「マーケット&ターゲット」です。マーケティング一般論では先に対象となる顧客を設定してから4Pを検討するステップになっていますが、現実に企業の事業構築の場面では両者を同時同列に考えていかなければ、顧客と商材のマッチングにズレが生じてしまいます。
そしてもう一つは「販売」の要素が抜けています。ちなみにマーケティング一般論では、マーケティング4Pの次ステップとして「販売戦略」が位置づけられています。大企業ではマーケティング部門(販促部門)と販売部門が分かれて、それぞれが専門性を発揮して取り組むことが可能ですが、中小企業では戦略−戦術−戦闘まで一貫して経営者が中心になって考えなければなりません。そのために「売りの3側面」を活用して“誰に、何を、どうやって提供するか”まで統合して事業のブラッシュ・アップを図ります。

 

売り物 売り先 売り方
・自社の使命の確立
・顧客に通じる「強み」の表現
・目的に沿った商品構成 ・具体的なマーケット&ターゲットの明確化
・ニーズとのマッチング ・販売方法
・商材の強みの訴求方法
・顧客へのアプローチ方法

 

新たな「売りの3側面」を追求する上で、すべてを一から新しいものにしようとする必要はありません。前章の卸売市場では、「売り物」は新鮮で安全な生鮮食材ですが、卸売事業というなかでは「売り物」としての強みを発揮できませんでした。しかし、「売り先」「売り方」を変えることで、周辺の大手スーパーと差別化できる強い商材として再生することができます。「売り先」を地域の消費者に絞り込み、「売り方」を小売事業としての販売に変えることで、待ちの商売でもお客様を呼び込み、儲けることができます。

 

 それでは、いかにして新しい「売りの3側面」を考えていくか、最も重要なことは前項でとらえた現状の「売りの3側面」を徹底的に分析することです。売上が減少している状況では早く新事業を立ち上げたくなるでしょうが、まずは現状を精確に把握することに注力し、「売上が低迷しているなかでもリピート注文をいただける要因は何か」「購入されない、以前は購入していたが今は購入していない方の特徴とその理由は」を浮き彫りにすることで、新しい事業のヒント、改善すべき課題を見つけ出します。